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2014年7月11日 (金)

「いのちの時間」 プライアン・メロニー作 ロバート・イングペン絵

 

出版されている本の引用って、どこまで許されるのかなぁ~。大切に紡いだ絵本たち、「舟を編む」の映画のような辞書たち、リサイクルボックス行きの週刊誌だって、書いて描いて写真を撮っている人たちがいる。

 先週の記事は、ちょっと取り乱していたかもしれません。ごめんなさい。

 晴佐久牧師の詩を丸々と、引用させてもらってしまいました。

 さらに、本になるずっと前に、牧師がコピーして教会の方にお配りしていた詩と、本に載った詩が、少し違っているので、私が好きなように混ぜこぜにしています。

 

 ごめんなさい。そして、ご批判ください。

 謝っているのに、再び、もうひとつの詩の前半だけを引用します。

 私が、きちんと自分を語れないので、先週の記事を読んでくださった方へのお返事に、もう一度、著作権侵害です。

 

 

 

 

「いのちの時間」

 

いのちには、はじめとおわりがあって

 その間を‘生きている”という。

 

いま、こうしている間も

 たくさんのいのちが

 どこかで生まれ

 どこかでおわりをむかえている。

 

そして、いつもそのまん中に、

 生きている時間が満ちている。

 

これは、花、人、鳥、魚、木、動物

 すべてのいのちにとって、

 まぎれもない真実。

 

どんなに小さな虫にとっても

 すべての生き物には

 いつかおわりがやってくる。

 

どれだけ長く生きるのか

 それはだれにもわからない。

 

いきているあいだには

 病気やけがをすることもあり

 死のおとずれが早まることもある。

 

死はとても悲しいこと

 でも、それは生まれる前から

 花、人、鳥、魚、木、動物

 すべてのいのちに約束されたこと。

 

どんな小さな虫にとっても。

 ここにあるいのちは

 それぞれひとつ

 それぞれに一度だけ。

 

大地に根をはる大きな木

 あふれる光や雨をうけて

 ゆっくり百年以上生きたとして

 これは、その木だけのいのちの時間

 

うさぎやねずみは

 数週間で成長し

 その一生はわずか一、二年。

 人参をかじり、チーズをほおばり

 やがて死をむかえる。

 これが、うさぎやねずみの一生、

 いのちの時間。

 

地のぬくもりはじめた春

~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~

--------------------

(新教出版社1998年/藤井あけみ訳)

 引用は、ここで止めておきます。

 あとは本を手元に置いて、素晴らしい絵をともに味わってくださる方がいたら、心から嬉しく思います。

 

 

 私のブログを訪ねてくださり、読む時間をともに過ごしてくださった方に感謝しています。  

 そして、宇宙のエネルギーや地球の自然、すべての命に感謝しています。
 私は、きっと幸せです。

 

 

 

病気になったら


病気になったら、どんどん泣こう。
痛くて眠れないといって泣き、
手術がこわいといって涙ぐみ、
死にたくないよといって、めそめそしよう。
恥も外聞もいらない。
いつものやせ我慢や見えっぱりをすて、
かっこわるく涙をこぼそう。
またとないチャンスをもらったのだ。
自分の弱さと、思いあがりを知るチャンスを。

病気になったら、おもいきり甘えよう。
あれが食べたいといい、
こうしてほしいと頼み、
もうすこしそばにいてとお願いしよう。
遠慮も気づかいもいらない、
正直に、わがままに自分をさらけだし、
赤ん坊のようにみんなに甘えよう。
またとないチャンスをもらったのだ。
人の情けと、まごころに触れるチャンスを。

病気になったら、心ゆくまで感動しよう。
食べられることがどれほどありがたいことか、
歩けることがどんなにすばらしいことか、
新しい朝を迎えるのがいかに尊いことか、
忘れていた感謝の心を取りもどし、
見過ごしていた当り前のことに感動しよう。
またとないチャンスをもらったのだ。
この瞬間に自分が存在しているという神秘、
いのちの不思議に、感動するチャンスを。

病気になったら、すてきな友達をつくろう。
同じ病を背負った仲間、
日夜看病してくれる人、
すぐに駆けつけてくれる友人たち。
義理のことばも、儀礼の品もいらない。
黙って手を握るだけですべてを分かち合える、
あたたかい友達をつくろう。
またとないチャンスをもらったのだ。
神様がみんなを結んでくれるチャンスを。


病気になったら、必ず治ると信じよう。
原因がわからず長引いたとしても、
治療法がなく悪化したとしても、
現代医学では治らないといわれたとしても、
あきらめずに道をさがし続けよう。
奇跡的に回復した人はいくらでもいる。
できるかぎりのことをして、信じて待とう。
またとないチャンスをもらったのだ。
信じて待つよろこびを生きるチャンスを。

病気になったら、安心して祈ろう。
天にむかって思いのすべてをぶちまけ、
どうか助けてくださいと必死にすがり、
深夜、ことばを失ってひざまづこう。
この私を愛して生み、慈しんで育て、
いつか御自分のもとへ呼んでくださる方に、
すべてをゆだねて手を合わせよう。
またとないチャンスをもらったのだ。
まことの親である神に出会えるチャンスを。

そしていつか、病気が治っても治らなくても、
みんなみんな、流した涙の分だけ優しくなり、
甘えとわがままをこえて自由になり、
感動と感謝によって大きくなり、
友達を増やして豊かになり、
信じ続けて強くなり、
祈りのうちに、神の子になるだろう。
病気になったら、またとないチャンス到来。
病のときは恵みのときPhoto


 

 

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コメント

引用がはっきりわかるようになっていれば、著作権侵害にならないのではないでしょうか。営業にも関係ないし。
引用して、自分の気持ちを語るというのは、ありだと私は思っています。
お邪魔いたしました(^o^)。

投稿: こはる | 2014年7月11日 (金) 15時55分

こはるさん♡ありがとうございました。
この本のこと去年もブログに書いてました(*゚▽゚)ノhttp://bullerbyn.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-5b36.html

投稿: Lisa | 2014年7月14日 (月) 20時37分

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